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親愛なる法輪功をまだ知らぬ日本人の皆さんへ……「真の宝」と巡り会うために |
文/日本人一学習者 この文章は、日本人一学習者による一個人の現在の認識と想いを述べるものです。 誤りや不足などございましたら日本明慧編集部を通じ、慈悲をもって御指摘くださいますよう、何卒、宜しくお願い申しあげます。 さて、私たち日本人は、世界に誇れる優れた美点を持っています。それは、先端技術といったことではなく、人の内面に関することで、「過去のことにあまりこだわらない」という国民的気質のことです。 たとえば、日本は唯一の原子爆弾による被爆国ですが、世界の多くの国が「やった、やられた」で尽きることなく醜く争っている中、たとえ肉親を原爆で失っても、人を恨まず、国を恨まず、過ぎたことを許す、実に大きな心を日本人は持っているのです。 もちろん、生活の中などで、過去のことに執着し、いつまでも心いらだったり、嘆き悲しむ人もいるでしょうが、全体的にみて、そういう大らかな心を持っている傾向が強いということです。 その反面、私を含めて、我々にはまだまだ正すべき点が多いのかも知れません。その一つとして「気づかぬうちに観念に毒されていることが実に多い」ということが挙げられると思うのです。 観念に毒されることの一体、どこが問題なのでしょう?人心が乱れに乱れているこの世には、悲しむべきことに人を騙すようないつわりの物がひきもきらず氾濫していますが、数は本当に少ないものの、素晴らしい「本物」もまた確実に存在しています。 しかし、もしも観念にしばられ、素直さを失い、そうした真に素晴らしいものすら「これはこういうものに違いない!」と過去の雑多な情報から勝手に誤った判断をするならば、どうなるでしょう?尊い真理がたとえ目の前に現れてきても、かえって目や耳をふさいでしまい、わたしたち自身の生命にとって最も大切な、本当にかけがえのないものを 気づかぬうちに永遠に失ってしまうことになりかねないのです。 観念にも様々なものがあり、そのひとつひとつが私たちの向上を阻んでいる障壁となっているものの、この「真理から人を引き離すこと」こそが観念に毒されることの「最も致命的な弊害」とは言えないでしょうか? すなわち観念とは、真理や真実からあなたや私を引き離し、あなたや私を無明の状態に貶める非常に危険な《害毒》だと思うのです。 我々の眼にはそれが映らないため、《害毒》と明らかに認識することが難しく、事の重大さにも、ほとんどの人が気づかずにいますが、だからこそ、「観念ほど危険な《害毒》はない」とも言えるのです。 同じ日本人から見ても、生活のあらゆる場面などで、我々日本人はこの観念という《害毒》にとても毒されていると思うのです。 観念のせいで真理が目の前にすでにあるのに目を見開いて見もしないとしたら、それは、なんと悲しむべきことでしょう!観念の強い人間は自ら真理を遠ざけ、「自ら好んで無明の世界に落ちている」……そうは言えないでしょうか?! わたしは法輪功というものに巡り会え、本当に「命より大切なもの、まばゆいばかりの光明を得た」と心から思っています。この法輪功が、どれほど価値のあるものかは、『轉法輪』を最後までよくお読みになればわかることですが、それは本当に筆舌に尽くしがたいものなのです。ゆえに、私は日本人である、今この文章をお読みの「あなた」に、《心を静め、あらゆる観念を一切捨てて》、法輪功の主たる著作である『轉法輪』をぜひとも、ぜひとも、ぜひとも、お読みいただきたいのです。しかも、一度だけでなく、何度も、何度も、繰り返し読んでみていただきたいのです。この本は本当に不思議な本で、読むたびに悟らされることが尽きず、しかも今まで知りたかったこと、わからなかったことがどんどん見えてくるのです。 さて、ご存知のように法輪功は宗教ではありませんが、世の中のあらゆる宗教が、さまざまな理由をつけ、良きにつけ悪しきにつけ現実にお金を取ることをしています。そのうちの多くが、「お金を代価に」私的な欲をかなえようとしていることは、否定できない事実でしょう。でなければ、なぜ、我々日本人の多くは、神社で賽銭やお玉串をはらって、しかも正月だけ参拝し、欲にまみれた個人の願いを満たそうと黒山のごとく群れるのでしょう?神でなくとも、その姿を見れば、心痛むものではないでしょうか?ましてや神は、どう思うでしょうか? 果たしてそこに居たいと思うものでしょうか?人を救い済度するという場合ですら、(たとえばお布施のように)そのほとんどが実際に「お金と引き換え」なのです。これが本当に人を済度することなのでしょうか?神佛に対し、人間の私欲にまみれた願をかける人も多くいますが、次元の高い神佛がこのような世俗にまみれた人間のドロドロとした欲を本当に「人間界のドロドロとしたお金と引き換えに」叶えるものでしょうか?次元の高い神佛が人を救う時、果たして本当に金を請求するものでしょうか?次元の高い神佛が、常人世界の業にまみれた金銭などに興味を持つものでしょうか? ある者は「お金に執着することは業を生むことで、お金とは汚いものだから手放しなさい(=私に差し出しなさい)、そうすればあなたの業も軽くなる、だが、その行方には決して執着してはならない」などと言いますが、実質的には私服をこやし、人を真に救い済度することとはほど遠い「宗教ビジネス」をしていることが実に多いわけです。 現実を冷静に見回したとき、はじめてその事実に愕然とし、「これはおかしい!」と物事の真偽に気づく人も多いでしょうが、われわれ日本人は、さまざまなそうした汚れたもの、偽物を目にしてきたため、本当に大切な究極の真理が目の前に現れた時ですら、それに気づかず、素直に受け入れようとすらしなくなってしまったのです。 このままでは、何が人間にとって本当に大切かを知る者はますます少なくなり、人心はますます荒廃し、目の前の私欲を満たすことばかりに奔走する日本人が増えるかも知れません。事実、老若男女を問わず、道徳はこの日本において、ここ数十年で、驚くほど急速に廃れてしまいました。子供ばかりでなく、老人までもが、平気で人のものを盗み、あげくのはては「逆ギレ」することすらあるのです。さらには人間性を完全に失った殺人事件など、本当にひきもきりません……。一部であるとはいえ、大人だけでなく、少年までもがそうした悪事に手を染めている、そういう退廃した世の中になってしまったのです。 日本という国は一体、どうしてしまったのでしょう?人の心に真・善・忍がなくなった時、その人はまだ人間と言えるのでしょうか?そういう人が増えた時、この世はとても危険な状態にあるのではないでしょうか?この本質的、根源的な問題は、われわれ日本人にとって、日本という国にとって、「もっとも憂慮すべきこと」ではないかと、本当に思うのです! ちなみに、世界では、今、一億人以上の人々が法輪功を学んでいますが、法輪功のすべてがボランティアで、一銭も利益を取ることをしていません。そのことは非常に徹底していて、まさに驚くべきものです。わたしもその崇高な精神に感激し、法輪功を学び始めた一人です。 また、法輪功を学ぶ人々は、すべて良い人になり、良い人以上になろうと、日々、自分を高めている無私無欲の人達なのです。 修煉者は、何か問題があった時、人や環境など外に向かってあれこれ文句を言うのではなく、内に向かって「まず、自分のどこがいけなかったのか?」と考え、人と一切争うことをしません。法輪功は、健康や精神面の向上はもちろんのこと、その他、多くのかけがえのないものを人に与えるだけ与え、しかも、一銭も取ろうとはしないのです……。 我々を指導する李先生は、本当に素晴らしい、この上なく立派で慈悲深い御方です。このように素晴らしい先生がいて、我々にこのような素晴らしいものを与えてくださったからこそ、このように素晴らしいものが、この末法の世に、色鮮やかに一気に花開いたのです。事実、世の中に「これほど純粋なもの」が他にあるでしょうか?!他に例をみない、本当に素晴らしい、かけがえのないものだと胸を張って言えます! では、考えてみてください。お金も名誉も何も求めないとしたら、何のために私たちの尊敬する李先生は、この「本当に高い次元へ人を導く」法輪功をこの世に公開されたのでしょう?法輪功は宗教を含めた世の常人のものとはまったく違う「本物の中の本物」であり、そこには「洪大にして偉大、無私無欲なる崇高な目的」があるからです。 これほど素晴らしいものが、実はあなたの目の前に、今用意されているのです。あとは、あなたが一切の観念を捨て、素直に『轉法輪』というかけがえのないこの一冊の本の内容を受け入れることができるかどうかにすべてかかっているのです。しかも、この「人類にとって最も貴重な本」は、今すぐ、このホームページから無料でお読みいただけるのです。これほど価値ある本ですが、このように一切の利潤を決して得ようとしないのは、この本が、そして法輪功が、本当に我々人類にとって「かけがえのないもの」で、「お金ではまったく代えられないもの」だからです! 法輪功の創始者である李先生は著書『轉法輪』でこのようにおっしゃっています。 「……多くの人が高い次元へ修煉しようと思い立ちますが、今、この修煉法が目の前に置かれていながら、まだ気づいていないかも知れません。師を求めてあちらこちらへと出かけ、いくらお金を使っても、探しあてられないものを、今、目の前に届けてさしあげましたのに、まだ分からないかも知れません。これは悟るか否かの問題で、つまり済度できるか否かの問題なのです」(『轉法輪』第一講「法輪大法の特色」より) わたしは一人の日本人として、同じ日本人である「あなた」にも、「本当に大切なもの」をぜひとも、この機会に得て欲しいと《心から》願っています。確かに法輪功で大病が治った人は枚挙にいとまがありませんし、私もその一人です。しかし、法輪功の素晴らしさは何もそれだけに留まるものではないのです!それは、一生かけても見つけることの困難な、いや、これから先、億万年かかっても二度と巡り会えないかも知れない、「あなたの生命にとって本当にかけがえのないもの」なのです! 人間の一生とは、どんなに栄華を極めても、たかだか数十年のはかないものですが、ここで得られるものは本当に「永遠のもの」なのです……。あなたが、そして日本人の多くの方が、もしもさまざまな観念を捨て、本当に素直になることができるならば、そして、この人類にとっての宝とも言うべき『轉法輪』の内容を心から受け入れることができるならば、あなたは、そしてこれから先の日本人の多くは、きっと多くのかけがえのないもの、永遠の生命とも言うべきものを真に得られるに違いありません! 一人でも多くの方、そして今これをお読みの「あなた自身」がこの素晴らしい一 冊を《真に手にする》ことができますよう、心よりお祈りいたします。 まだまだ不足の多い私です……。言いたいことの億万分の一も伝えられないような、つたない文章かも知れませんが、あなたのお役に少しでも立てば、日本という国の将来のお役に少しでも立てば、これ以上、幸せなことはないと心から思い、思い切って筆を取った次第です……。 ★『轉法輪』の最新日本語訳は、以下より今すぐご覧いただけます(無料)。 http://www.minghui.jp/works/pdf/zfl_ver2_2_1J.pdf ★法輪功を学んでみたい方やご質問がおありの方は、お気軽にお近くの煉功場まで お問い合わせ下さい。動作の指導など、すべて無料です。 http://www.falundafa-jp.net/renraku/index.htm ※PDFファイルを開けない場合は? 電子文書閲覧用フリーウェアである、Acrobat Readerがインストールされていない 可能性があります。その場合、以下よりAcrobat Readerをご入手後、インストール 願 います。 http://www.adobe.co.jp/ ※それでも開けない場合は? 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