我々は未来に告げる(その

 

気功ブームに対しての論争

 

これらの唯物論の世界観で説明できない特異功能(超能力)の現象が一旦現れると、マルクス・レーニン主義と無神論で宣伝し、思想を統制する中国共産党の高層部はすぐさまこれに対する警戒を露わにしていた。耳で字を識別できる子供を発見した報道が発表された時、二ヶ月も経たない、197955日と18日に『人民日報』は立て続けに文章を発表した。これらの文章で「耳で字を識別できる」のは、荒唐無稽であり科学の常識に相違して、まったく反科学的で、中国人にとってまる恥をかくものであると厳しい口調で非難していた。新聞が指摘し批判が行われるのと平行して、ある中央政府の部門は「耳で字を識別できる」現象の宣伝は、科学に相違するもので、封建的な迷信の復活であると指示を下達した。この後ほどなく「四川日報」は自己批判をし、当時の四川省共産党委員会の書記も反省を強いられた。

 しかし科学界の大物である銭学森氏を代表とする多くの科学者は、特異功能と気功という未知の領域への探求を支持することを表明した。彼は科学技術の発展の視点から「人体科学」という概念を発表した。彼は「気功や東洋医学、人体の特異功能は、人体科学の最も根本的な原理を孕んでお」り、人体科学は「科学革命をもたらすであろう。これは人類が客観的な世界を認識する一つの躍進である」と思っていた。19802月、「自然雑誌」の編集部が主催して、上海で第一回人体特異功能シンポジュームが開かれた。この会議で一部の特異功能を持つ人を誘って、現場で検定テストを実施した。当時の中国共産党中央委員会の主席の胡耀邦氏も、人を依頼してこの現場の検定テストに参加させた。この会議は1979年の「耳で字を識別できる」真偽に対しての論争の決着をはっきりさせたというのが、専門家たちの一致した思いだった。この会議は、我が国の人体特異功能に対しての研究が新しい段階に入ったのを表すものとなった。

 ところが、反対の声もこれを機に出され始めた。ある人は、科学実験結果があるにもかかわらず、哲学の視点から人体特異功能を批判し、これは「科学を取るか、それとも偽科学を取るか」、「唯物論、マルクス主義哲学を取るか、それとも唯心論、もしくはマルクス主義と根本的に対立する哲学を取るのか」という問題である、とみなしていた。

 その当時中国は、十年を費やした文化大革命が終わったばかりで、全国は「実践は真理であるかどうかの唯一の基準である」という観点について熱烈な討論を行っていたのである。文芸界、知識界、そして科学技術界は、こぞってよみがえってきた朗らかな雰囲気に置かれていた。人々は十年ほどの間ひどく極左思潮の害毒を蒙った後、改めて自分に対して以前に歩んだ道をよく見きわめ始め、そして客観的かつ現実的な態度で気功及び特異功能現象に対応できるようになっていた。