待ち望んでいたものを得た歓び
〜 気功による病気治療から大法との出会い
【明慧ネット】私は、米国の学習者でエリエールと申します。99年3月、私は体を鍛えようと気功を探しました。頭の中に描いていた気功は、病気を無くし健康にする為の一つの手段でした。当時の健康状態は、信じがたいほど虚弱でしたが、実は幼少の頃からそうでした。毎年違う病気に罹り、年に何種類もの病気に感染してしまったことすらあります。
漢方の先生から「あなたは、まだ21歳であるが70歳の老人の様だ。こんなに弱くては、将来どうするのか?」と言われました。確かに問題です。幸か不幸か、病気が来ては、去って行くという繰り返しで、それが当然と思っていました。病気に罹り、治療を受け、時が至れば病気は去って行き、次に新たな病気がやってくるといった具合です。病気が来る前に、心の準備ができていれば良いと思っていました。しかし、去年病気に罹った時、漢方の先生や針灸の先生に診てもらいましたが、おもうように治りませんでした。
そこで、自分の体を何とかしようと思い、気功なら効果があるかもしれないと思いました。というのも韓国では、あらゆる治療方法を施しても効かない場合、必ず気功師を訪ねるからです。それでも効果がなければ、霊とコミュニケーションができる霊媒師へお願いに行きます。その費用は高額ですが、多くの人は如何なる難病でも、治癒できると信じています。以前、病気に罹った際、数ヶ月間気功治療を受けたことがありました。また、母が重病のとき、霊媒師にお願いしたこともありました。
99年1月から、2ヶ月間ある気功をやってみましたが、高額な費用を払ったにも関わらず止めました。なぜなら彼らに失望したからです。気功師らが「自分の気功は人に健康と幸せをもたらす」と宣伝しましたが、本当の目的は金銭のためでした。ニューヨークの“新生活博覧会”で、主人が法輪大法に出会いました。それがきっかけで、2冊の法輪大法の本を読みましたが、時々しか煉功せず、結局長く続けられませんでした。
それでも、本を読んだことは、やはり収穫がありました。業力とは一体どういうことなのか、何故いつも病気に罹るのか、また忍とは耐えるとは、どういうことなのかが分かりました。当時、ある友人の行動と考え方を理解できず、また非常に不満に思っていました。しかし、大法の本を読んだ時から、「忍耐しよう」と思いました。それは、意識的に逆境に我慢強くなろうとしただけでなく、本の中では「これは修煉の一部分」と書かれているからです。
私は、人々が苦難に遭うのがなぜだか分からず、またずっと不幸に遭うことは無意味であり、あらゆる苦悩が早く終了すべきだと思っていました。ですから、不愉快なことがあったら、あまり耐えられませんでした。今は、李先生が業力のことについてはっきりと教えて下さいました。苦しみを嘗めることで業力を滅することができるとも説かれました。その時から、困難に対して平常心でいられるように頑張ろうと思いました。これは私にとって大きい進歩でした。当然、仏教の経典や他の法門から業力に対するいろいろな教えがある事を知ってはいましたけれども、明快な説明により、真に心で受け入れるようになったのは大法だけです。
私は、3月の大法の交流会に参加し、李先生にお目に掛かることができました。しかし、その時は、法に対する理解が不十分で、大法を固く信じることができず、各所で煉功に参加したに過ぎませんでした。また、あるときは仏教の本を買ってきて研究することすらありました。
6月韓国から戻り、本当に真剣に大法を学びたいのかどうかを考えました。大法が何であるのか、一度読んだ位で十分な認識も無く、入り込めなかったのです。私はもっと学ぼうと決意しました。自分のやることに十分な認識がなければ、全力を出せないと思います。大法を学び、煉功していくにつれて、多くの疑問と考えを抱き、甚だしくは先生と大法に激しく反対する考えまで出ました。他の修煉者にいろいろなことを聞き、それなりの答えが得られました。後で分かったのですが、解答を得る一番良い方法は大法の本を読むことでした。ですから、たくさん本を読み始めました。先生の本を読みながら、これはまさに、待ち望んでいたものだと思い知りました。ほんとうに嬉しかったです。大法は私のおぼろげな善悪の基準を正し、道徳観念を回復させてくれました。大法が身体、思想の中に入り込んでいることを感じます。あらゆる毛穴や細胞は、すべて法に溶け、間違った思想が暴かれ、業力は消去され、不正が大法で融解されています。今、なぜ先生が大法に従えば、「大法のなかで進歩が早く、ますます良くなっていく」と話されたのか、やっと分かりました。大法はこのような威力を持っており、勉強すればするほど、多くの法が私の中に入り、正し、上達がますます早く、ますます善くなっていきます。
目を閉じると、よく法輪が回る現象が見えます。時に、先生はある法理に対して夢の中で説明して下さいました。目が覚めてからもその内容をほとんど覚えています。先生の法身はとてもユーモアで、あるときは韓国語で、またある時は英語で私に語られました。先週のある日、一日中外出し多くのことをしましたが、あまり疲れを感じませんでした。階段を登るとき、先生の法身が、「体力が増進したことを感じませんか?」と小さな声でおっしゃいました。力が満ち溢れる感じで、今は全く病気もありません。とても楽しい日々です。心から先生、大法に感謝しています。そして、私の主人も修煉の列に加わりました。
米国ニュージャージ州の学員
エリエール
1999年9月8日