私の経験した佛法円融

 今年4月ジュネーブに行くかどうか迷っていました、3月に洪法活動に参加するため、一度休みをとりました。現在私が参加しているプロジェクトは時間制限が厳しく、尚且つ人手が足りないのです。私のやる分はあるプログラムのドライバーの開発であり、時間的にかなり圧力を感じます。それにもかかわらず、ジュネーブの活動への参加は何よりも大事で、いかなる理由があってもジュネーブに行くのをやめることできないと思いました。護法することは、私にとって勿論最も正しいことですが、他人のことも考慮しなければなりません。もしスケジュール通りに仕事を仕上げることができないならば、ボスや他の開発者に迷惑をかけることになります。大法は円融的であり、心の中に正念を保つならば、円満な解決方法があると信じ、「ジュネーブから帰ってきて土日も休まず遅らせた仕事を補う」と決意をしながら、ボスのオフィスに入りました。ボスは私の話を聞いた後、しぶい顔をしながら「許可をやるかどうかの返事はいつまでに出せばよろしいか」と私に聞きました。ボスは「飛行機のチケットとビザの申請の関係で、今すぐ返事を出してほしいです」と言う私の話を聞いた後にカレンダーを見つめて、しばらくすると、「これはあなたの信仰であり、私は理解できます、でもあなたは本当に遅らせた仕事を補うことができますか?」と信じがたい顔をしながら私に聞きましたが、私の自信満々の頷きを見た後に許可をくれました。

 一週間後、ジュネーブから帰ってきて、疲れを忘れて、緊張して開発作業に身を投げ込んだ。開発中、私の心が非常に静かであり、開発が順調で、問題に遇ってもすぐに解決法を見つけることができ、一週間後に開発は完成し、また四日後に調整も終わりました。元の計画より二週間早く仕事を仕上げました。ボスは、このニュースを聞いて、自分の耳が信じられないほど驚きました。あまり開発経験のない私が意外にもこんな短い時間でこんな難しい開発任務を仕上げ出きるとは思っていませんでした。一時、同僚たちからの「おめでとう」の言葉に包まれ、パーティを開こうと提案する人もいました。先週、会社の個人評価時に、ボスが以下二つの点において私を高く評価しました。一つは私が仕事と洪法両方の関係をバランスよく行ったことであり、もう一つは私が言ったことは必ず実行することです。

 矛盾を引き起こしそうな事件は円満に解決され、尚且つ、かなりいい洪法効果を挙げました。今度のことを通じて仏法円融に対して更に一層深い意味を理解しました。師父は「学生の本分はよく勉強すること」と何度もおっしゃいましたが、この一念さえあれば自然に大学まで進んでいきます。もし我々が真に修練者の基準に到達できるならば、法が我々に対する要求に符合する時に、我々の一切は常人を超え、常人を超えた知恵を用いて常人社会のことをすると自然に「半分の労力で倍の成果をあげる」という効果に到達できます。

 法を正す過程が推進されるにつれて、より多くの大法の仕事をやらなければなりません。自分の仕事と修練や洪法との関係を如何にしてうまく処理するかと、常人社会のこの層において如何にして大法に円融するかということは修練者が皆直面している問題であります。特に周りの人間が我々は大法弟子であると知っている時に、我々の像は大法を代表しており、ひいては彼らが大法を認識するインタフェースになっております。我々は常人社会の仕事をよくやれば、間違いなく彼らが法を認識することやそれを得ることに好い条件を提供することになり、同時に、我々の名声を高め、更によく師を助け、法を正します。