10数日の修煉で、体が不自由な私が立ち上がった

【明慧ネット】私は中国河北省出身の法輪功学習者で、今年52歳。法輪功を始める前、夫が事故で、70歳のお義母さんと3人の子供を残して他界した。長男は11歳、長女7歳、末子は4歳ちょうどだった。私はまだ若いのに未亡人になった。家族は私が子供を捨て再婚するのを恐れて、私を見張っていた。当時、私は老人と子供の面倒を見なければならず、苦しい毎日だった。夫が死んでから2年で、お義母さんも逝ってしまって、私は偏頭痛に罹って、手足が麻痺し、その後またリュウマチにかかり、ベッドに寝たきりで、完全に動けなくなった。

 この状態が8年間も続いた!毎日卵一つ、僅かな水しか食べられなかった。点滴と薬で命を維持していただけで、家にはもう金はなくなり、親戚にも満遍なく借金していた。病院でお金を多く使ったが、病気は一向好転せず、夏さえ綿入れのものを着なければならなかった。冬になると、まったく起きられず、顔が常に水ぶくれしていた。私の面倒を見るため、娘も大いに苦労した。子供にとって、私が健康になることが最大の幸せだった。

 1997年11月20日という日は、私にとって一生忘れられない日である。私は友達の助けで法輪大法の修煉を始めた。10数日の修煉で私は8年間のベッド生活に分かれを告げ、もう一度立つことができた。

 私は字が読めないので、周りにいた大勢の大法修煉者が、みんな「転法輪」をもってきて一緒に読んでくれた。始めてから7日目、私は杖を捨てて歩くことができた。11日目の時、私は煉功点に出かけると決心した。外は小雪が降っており、道がすべりやすく、気をつけたつもりだが、結局転んでしまった。そのとき、いままで動くこともできなかったのに、今歩けるようになったのだから、必ず煉功点まで行きたいと思い、とうとう煉功点についた。自分が転んだことを皆に教えると、“もう歩けるのに、まだ杖を使うつもりなの?”と聞かれた。私はその意味がわかって杖を捨てることができた。友達や近所はみんな私のことは奇跡だといっていた。村の人が私を連れて実家に帰った。法輪功を始めてただ10数日なのに、何キロもの道を一気に歩いた。

 一緒に行った人が先について、母に“娘が戻ったよ”と伝えたら、“そんなはずはない”と母が信じようとしなかった。しばらくして、私が目の前に立っているのを見えて、感動した:“これはどういうこと?雪が降っているのに、どうやってここにきたの?”

 “本当です。私が法輪大法を習った。8年の寝たきりが治った、私は歩いてきたの。”と私は興奮して言った。

 私の変化を見て、妹も法輪大法を始めて、娘も煉功し始めた。

 そのとき、友達がよく周辺の村に法輪功を教えに行ったが、私は毎回参加し、近いところだと、いつも皆さんと一緒に歩いて行った。数十キロもある遠いところだと、トラックで行った。いたるところに私は自分の奇跡を伝えた。いまでも、みんな法輪大法が私の命を救ったと思っている。

 1999年7月20日後、新聞、テレビの悪質な宣伝で、世の中の人々は惑い、私のことまで疑い始めた。“本当に法輪功を練習してから治ったのか?薬飲まなかった?”“病院はだめだったが、法輪功で治った、薬はぜんぜん飲まなかった。”と私ははっきりと答えた。

 ある日、村の幹部が私を呼び出して、村長の前で:“君の病は薬でなおったのか?法輪功でなおったのか?”と 聞いた。

 “うちの状況はみんな知っていますし、私の病気はみんなもっと知っています。私は法輪功の修煉で病気が治った。”

 またある日、村の幹部が私と道端で会って、“今でも法輪功を続けているの?”と聞いた。

 “やめることなどありえない!私は「真、善、忍」を修めている。先生はみんながいい人になろうと教えているし、私のどこが悪い?”彼は返す言葉はなかった。

 私は先生の慈悲に背くことができない。私自身の体験をすべての人に教えて、人々に法輪大法の奇跡を本当に理解してもらいたい。