私の目に映っている主人
―― 一法輪大法修煉者の真実
【明慧ネット】先日、《星島日報》に掲載した《私の目に映っている法輪功》を目にし、これは、自分の目で見た法輪功と全く違う感じです。本来は私も《私の目に映っている法輪功》と言う文章を書こうとしましたが、結局、後になって《私の目に映っている主人―― 一法輪大法修煉者の真実》を書いた方が最も相応しいと思いました、何故かというと、私は法輪功をやった事がなければ、法輪功の本も見た事がないので、確かに法輪功についての事がわかっていません、ただ法輪功の事実を皆さんに伝えようとしていますだけで、別に誰かを賞賛したくなければ批評もしたくないと思います。
私はキリスト教徒であり、最近主人は法輪功を修煉しているので、私について教会に行かなくなりました、大変失望し、主人がますます神から遠ざかっていく気がし始め、だから主人の法輪功修煉する事を激しく阻止をした事があります。彼の好きなファクス機までさえ壊し、しかも離婚すると驚かしました。不可解なことにどんな言葉で主人を刺激しようとも、主人を動揺する事ができなかったばかりでなく、怒りもしませんでした。あまりに驚いて、さすがに法輪大法修煉者は、そこまで忍耐するのか!と関心しました。
我々の不動産である古い部屋は売り出しているので、私が売り家の契約をする前に闇で部屋の値段を一千元値上げし、一人の友達に売却しようとした時、主人に発見され、煩がらないで私に「理由なくしては値上げする訳にはいけない、契約価格通りにしなければならない、高かろうが安かろうがと言う事は大事ではなく、ひととなりには誠実である事が何よりも重要です」と指摘してくれました、私は何も文句なく心服しました、それで喜んで値上げしようとする考えをあきらめてしまいました。
夏休みの間に主人は外で煉功していますが時には夜遅く家に帰る事があるにもかかわらず、手があくや否や煩がらずに子供に課業を補習し、ある晩は深夜の11時まで続けました。
だが、最も私は感動したことに、主人が子供に何をやるのにもまずは他人の事を優先に考えて、それから行動すると教え、しかも「お母さんが仕事に疲れているから、家事を手伝え」といつも躾をしています。だからこそ二人の子供が学校の優等生であるばかりでなく、九歳の末っ子ですらご飯を作る事ができます。
この様な例が非常に多く、それぞれ挙げればきりがないほどです。病気がちの主人は法輪功を修煉してからというもの、病気の再発をしなくなったのに気づき、以前は身体の至る所が痛んでいて、例えば痛み止めなどの薬が終日主人と離れない、体には薬の匂いだらけだったのに、今は全くその匂いがしなくなったのです。
私は立派な文章を書けないので、ただ自分の目で見た事を書き出しただけに過ぎません。
一人の法輪功学習者の家族より
2001年2月10日