弘法から得た経験と教訓(ドイツ)
私の弘法の体験は皆さんの体験と大した違いがないと思いますが、やはり今日ここで皆さんと交流したいと思います。それはドイツにとって典型的な事例だからです。
私は法を得たばかりですが、煉功はよくしますが、法の勉強はおろそかにしていました。法を広げることは子どもの遊びみたいに簡単だと思っていました。心の中で私は法輪功は非常によいものだと知っていたので、ドイツでも中国のようにすぐ普及できると思っていました。なぜなら、ドイツ人は病気が多く、毎年の医療費は数十億マルクにも達しており、また多くの体験談の中で法輪功の素晴らしい病気治療効果について言及していたからです。更にドイツでは精神世界に関心を持っている人が多く、大勢の人が超自然現象に興味があります。
しかし、実際の弘法は想像と違いました。秘伝に興味のある知り合いが何人かいますが、中にわざわざインドまで先生と覚者を探しに行った人もいます。彼らの法輪功に対する反応はほぼ同じです:私には私の道があり、真理に向かう道はたくさんあります。また、彼らは法輪功が唯一の修煉の道だと聞くと、非常に不満になります。「師父が人を済度する」という言い方も受け入れられず、自分で自分を済度すべきだと思っています。
その時、法輪功のような素晴らしい修煉方法に興味がある人がなぜ少ないのかとずっと考えていました。
中国で法輪功が弾圧されてから、多くの町でパレードが行われたと聞きました。自分の次元の制限によって、パレードに対して理解できませんでした。「彼らは大法を破壊している」という念がまず浮かんできました。師父は「内部の弟子だけが本当に大法を破壊することができる」とおっしゃったからです。法輪功が何とかの宗教になってしまうのではないかと心配しました。
このような反感を抱きながら、1999年秋にミュンヘンで行われたパレードに参加しました。ただ他の弟子がどうなっているのか見てみたかっただけです。地下鉄からパレードの開催場所に向かって歩いた時、私は突然強いエネルギー場を感じ、非常に気持ちが良くなりました。パレードそのものがいいことだとやっと分かりました。特に先生の経文を読んでから更にはっきりと認識できるようになりました。
また、私はここで言いたいことがあります。今まで町で知らない人から法輪功について聞かれた時、私はいつも自分の理解に基づいて多く説明していました。最近のパレードの時、私たちが大法を説明した時、先生の本を忘れていることに突然気がつきました。実は先生の本こそ主役なのです。もし私が本の内容に非常に詳しのであれば、それに関係ある部分を聞き手に読ませればいいのです。ある女性はそれを読んで明らかに今まで疑問に思っていたことを解いたのです。
また去年ある小さな町で九日間の講習会を行った時の話をしたいと思います。その時六人が来ました。ある興味のある女性は一日で帰ってしまいました。どうすればいいでしょうか。私たちは人を追っかけるようなことをしてはいけません。修煉は自分自身によるものだからです。先生は「我々は善を勧めることしかできません」と言いました。修煉者の一人はその女性を訪ねて、一緒に「主意識を強くもつべし」という部分を読みました。それで彼女はまた講習会に戻りました。後になって、彼女がただある小さい出来事と全くの誤解で講習会をやめたと分かりました。第六講が終わった時、もう一人の女性が去っていきました。理由を聞いたら、教えてくれませんでした。もちろんそれ以上追及もしませんでした。この例から、もし誰かに何か起きた時、話し合いをしたほうがいいと分かりました。こういう場合、やはり先生の話で新しい学習者の質問に答えたほうがベストだと思います。もちろん、新しい学習者、特に新しい学習者の集団に本を読むことの重要性を分かってもらうことは最も難しいです。ですから私はそうしました。ビデオを見る前と後に皆一緒に本を読みました。その時、一部の新しい学習者は家族と友人からの圧力を感じていたので、一緒に「業力の転化」を読みました。ある女性の学習者は朝この部分を読んだばかりですが、もう一回読んだら感じが全然違ったと言いました。これは非常に解釈しやすいことです。この本には入門から高いレベルまで異なる内涵があるからです。彼女は既にこの点を理解できたようです。一人でもこの点を理解したら、講習会の存在が既に保証されています。
今回の経験を生かして私は故郷のOberfrankenでこのような講習会を開くことにしました。
このようなことに対して今までずっと自信が持てなかったのです。自分の修煉がよくできていないと感じていたからです。先生は「法を広げることは自分の修煉がよくできて初めてやっとうまく行うことができる」とはっきり説かれています。当初「これはあなたの修煉の状態を完全に人の前で明らかにし、今までのように煉功点で自分の考えを隠すことができなくなる」と思い浮かびました。もし完全失敗したら耐えられるでしょうか。しかし、この考えは非常に利己的だと気付きました。どんな非難を受けても、できるだけ多くの人に大法を紹介し、大法を知ってもらうのが私の目標です。前の署名活動の時、私はOberfrankenの三つの町に行きましたが、法輪功はあまり知られていません。これは私の責務です。先生は「環境は皆さん自身で切り開くものだ」とおっしゃったことがあります。
またKronachとBambergにも場所を取りました。「法輪功の真実」を上映するチラシを掲示板に出しました。またほかのところの修煉者をも誘いました。初日に九人が来ました。もちろんこれは私が望んでいることです。何人かすぐ動作を習いたいと言いましたが、考えてからまた連絡をするという人もいました。数日後、私は習いたいと言った女性に動作を教えに行きました。(ここで、縁のある人を私たちの活動に参加するように導いてくださった先生に感謝したいと思います。また他の修煉者の支持は、私に非常に深い感動を与えてくれました。)
ここで更に真を修めることについて私の一つの教訓をお話したいと思います。私は電話で動作を習いに来た女性が按摩医師をやっていることを知りました。修煉者が按摩をするということについて先生のおっしゃったことははっきり知っているし、ほかの修煉者が按摩を続けたので、ひどい目に会った話も聞いたことがあります。今まで新しい学習者に対してつい高いレベルの話をしてしまう教訓があったため、今回慎重に対応しようと思いました。また、ほかの煉功点の教訓も思い出しました。これらの煉功点には多くの興味ある人が来ましたがすぐ去っていきました。煉功点の緊張した雰囲気とたくさんの「してはいけないこと」に恐ろしさを感じたからです。しかし意外なことに、この女性は「保健」という仕事に転職したいと言いました。それも按摩なのかと聞いたら、「そうとは限りません。それは非常に幅広い領域です」と答えました。私は彼女が間違った選択をする前に、必ず教えなければと思いました。
数日後、私は彼女に電話をしました。彼女はすぐ私のところに来て、このことについて話し合いをしました。新しい学習者を失いたくなかったので、私は真から少しづつ外れ始めました。例えば、中国語の中に按摩に関して何種類かの説明があり、先生がどれを指しているのかよく分からないとか、それから手を封じることも出来るとか、大切なのは病気治療の心をなくすこととかと言いました。真実を話して本人に選択してもらうのではなく、真から外れた説明をしたので物事をめちゃくちゃくにしました。
その後、私は故郷で法輪功報告会を開きましたが、私の手違いと誤解から誰も来ませんでした。反省してみたら、原因が二つありました。まず、他のところで何かをする時、心は落ち着いていますが、今回は落ち着かなくなりました。故郷で煉功点を作る願望は心の中に長く秘めてあったからです。また、私は修煉者に対しての基本的な要求にも達していませんでした。煉功はあまりにやっていないのです。最近めったに外で煉功しませんでした。今、私はまたできるだけ多く外で煉功するようになりました。
これは私が住んでいる都市ではさほど簡単なことではありません。
クリスマスイブの前の日に私は再び外で煉功を始めました。今度はいつ煉功したらジョギングや散歩をする人が大勢近づいて来てくれるか、また私を見ている人がいるかどうか等気にしないようにしました。他人が興味があるかどうか関係なく、ここで煉功しなさいと自分に言い聞かせました。そうした方がかえって感じが良かったのです。
煉功が終わって、ある夫婦は何をやっているのかと尋ねました。私は簡単に法輪功を説明しましたが、彼らは非常に興味がありました。最後にまた来ると言いました。これは、この前失敗した報告会の四日後、しかも私が弘法に対する考えを変えてから起こった出来事です。その夫婦は熱心に「転法輪」を読んでおり、連絡も取り合っています。後で彼は普段あまりこの道を散歩しないと言いました。
仕事で知り合った女性が煉功のビデオを借りに来ました。随分前から彼女は私が法輪功をしていると知っていましたが、法輪功についていろいろと質問したのは初めてです。その時、アルコールやクリスマスのプレゼントなどの話をしてから自然に話題は法輪功になりました。このことから、決して無理に人に法輪功のことを話してはならず、一番いいのは自然に話題を法輪功に導くことだと感じました。彼女は法輪功をしないと決めましたが、法輪功について知ることができたので、これも目的に達したと思います。
数日前、私は自分の町で署名を集めをしていた時、ある付き合いの長い友達が喫茶店に座っているのを見かけました。その時思想業力が邪魔してきました。「彼はサインしてくれない。しかも私をあざ笑うだろう」と思いました。しかしこの考えに勝てなければいけません。彼にサインを求めた時に彼はサインしてくれませんでしたが、喫茶店の従業員がサインしてくれました。しかもその従業員は法輪功についてもっと知りたいと思っています。彼に資料をあげました。今、彼は動作を習っています。ここから何を学べるでしょうか。もし煉功者に対する最も基本的な要求にも達することができなければ、物事が順調に運ばれることはありません。もしその要求に達したら、全てが簡単になります。
最後に、「環境は皆さん自身で切り開くものです。それも皆さんの向上の鍵です」という先生のお話を皆さんにも覚えていただきたいと思います。
合 掌
(2001年3月ジュネーブ法会で発表)