江沢民政府は天安門焼身自殺事件の責任を免れない
天安門焼身自殺事件は今や全世界マスコミの注目する焦点となった。人々の注意が自殺者の身分や法輪功の殺生に関する論述に集中しているのを見て、江沢民とその手下は胸を撫で下ろしたところだろう。というのも、人々は一つの事実、即ち江沢民政府が焼身事件にたいする責任があるということを見過ごしたからである。
どんな人であれ、職を離れた労働者だろうと、どこに陳情してもだめな絶望者だろうと、新年が来る直前に天安門広場で焼身自殺を選んだのはなぜだろうか。明らかに、中国の現在の環境において彼の苦難は既に耐えられないものになっているからである。彼は既に政府に対して全く絶望的になった。彼は最も残酷な形で自分の命を終焉させることによって全中国に、全世界に国賊江沢民を告発したのである。江沢民の独裁暴政の前では彼はあえて死を選んだのである。
人間性のある人なら、だれでも焼身自殺者に最も深い同情を示すであろう。というのは排除できない苦しみが彼に最も貴重な生命を放棄させたのであり、たとえ政府の中の誰かに騙されて法輪功に罪を着せるために利用されたとしても、彼は巨大な苦しみを受けてから自分の命を絶ったのである。如何なる政府であれ人民に責任心のある政府なら、民衆の焼身自殺を恥じ、自責を覚えることであろう。それは現実社会への徹底的な絶望が原因で人に死を選ばせたからである。
ところが、江沢民政府が全く人性のないような下手な芝居を行った。焼身者を法輪功学習者にしてしまえば、人を死に追い込んだという政府の責任から逃れられ、しかも法輪功に罪を着せてさらなる鎮圧の口実ができると思い込んだ。一週間細心の準備を経てから、一つの明らかに極端的な抗議事件を狂った人の"自殺昇天"の茶番劇にし、罪名を長期間残酷な鎮圧をされてきた相手の法輪功になすり付けた。"小麦が1ムー(6.67アール)あたり5万キログラム産出"、"国家主席が裏切り者"をつくり、しかも当時のケ小平にさえも自分の犯した罪の確実な証拠の前で"永遠に(証言)を引っくり返さない"と保証せざるを得ないようにまでした、というふうにやってきた新華社なのだから、火傷で命が危ない民衆からは、どんな"人証、物証"でも作り出すだろう。
江沢民が数ヶ月以来自ら指揮を取り、直接命令を下し、全国の公安警察、各級の地方政府を教唆し:法輪功の学習者に対して"殴り殺しても問題なし、殴り殺したら自殺といえばいい"、"どう殴ってもやりすぎることは無い"、等等.今回の"焼身自殺事件"で法輪功に罪を着せたのはそれらの"指示、示唆"によるものであり、彼らが人性を失い尽くし、良心を失い尽くし、法律と人権を無視している集中的な現れである。
何と哀れなこと!人民が生命を用いての独裁者に対する告訴がかえって独裁者に無実な人々を陥れるのに使われるとは!
何と卑怯なこと!江沢民は人民生命の苦しみを全く顧みず、人に罪を着せるとは!