中国メディア宣告の致死率から法輪功の超常を見る

 最近の中国メディア宣伝によれば法輪功を修煉したため、743人が死に至った。だが、この人たちが真の法輪功修煉者であるかどうかの問題を別にして、一万歩退いていうと、この人たちは法輪功と関係があるにせよ、政府が最近言い出した法輪功修煉者数が二百万人にせよ、(実はもう少し前の時期に調査出された人数は数千万人で、あるいはもっと前の時期に統計された人数は一億を超えたが、最近になって、社会に法輪功事件をあまり大きく注目させないように、二百万と言い出した。)中国メディア宣伝の致死率はわずか743/2000000で計算すると0.375‰に過ぎない。中国1998年の年間統計(http://www.stast.gov.cn/informatim/nj98/d021a.txt)の1997年全国平均死亡率6.51‰に比べるとわずか1/17.5に過ぎない。これで法輪功の超常が分かる。しかもこの743人という数字もどれほど手を尽くし、探してきたのか。

 李洪志先生が講習の時、いつも強調しているのは、「病気なら早く病院へ行きなさい」、「手遅れにならないように」それから「重病患者と精神病の人は法輪功を修煉することができない」。最近、社会に向け、「わたしは修煉と薬を飲む関係、薬を飲むと佛の体になれないことを話しましたが、わたしは一度も薬を飲むなと言ったことはありません」とさらに明確にした。

 皆さんもご存知のように、短距離走の訓練を強化するのは単に競技のためにで病気治療のためではない。例えば、短距離走の監督が短距離走の強化訓練を通じ病気治療と健康増進しようとする重い心臓病の患者に「重い心臓病の持ち主は短距離走の訓練に参加してはならない」、「自分が心臓病であると知っている者はすぐ病院へ行きなさい」と言ったにもかかわらず、心臓病の患者が、監督の提言を無視し、自分勝手で結局短距離走の練習中に死んでしまったとして、彼の家族が法廷で監督が人命を奪ったと告訴しても裁判官が監督に命を返せと判決を下すのか?

 それに死者の家族は100%本人の意思を表すことが出来るかどうかも問題である。まだ先の例を用いて言えば、もしその重い心臓病の患者が「成功しなければ死ぬ、自分で一切の責任をとる」という信念を持って短距離走への参加を決意し、走りながら死んでも、悔やむことはない。死後家族が彼を代表し、告訴したら、彼があの世で知っているとすればどんな気持ちだろうか?

 ある人が薬を飲むか飲まないか、病院へ行くか行かないかについて、誰かに説得されても、理性を持って冷静になれば、最後に決断するのは自分ではないか?もし誰かが急病あるいは重病になった時、私は彼に病院へ行くよう説得し、結局彼への治療が無効で手術台の上で死んでしまったとすると。中国政府の言い方によれば、私も重罪を犯したと言えるだろう。なぜならば私が彼に病院へ行くよう説得したからである。こんな理屈がありうるのか?

 もう少し広げて見よう。中国衛生部は必ずすべての人に病気なら病院へ行けと通告するに違いない。それなら数十年以来、全国において病院で死んだ人は、何千、何万の人を越える。同様の考え方によれば、歴代の中国の衛生部部長に逮捕状を出さなければ、民衆の怒りを押さえられないではないか?

 まったくおかしな話だ。中国中央テレビの放送を見て、知識のない人でさえ、「まさに意地悪くあらを探しをしているだけだ」と思わざるを得ない。