執着心を捨てれば、大法の威力が大いに発揮できます

望月 良子

 望月良子と申します。今年46才です。92年11月に夫と一緒に中国の山東省から日本に移住してきました。そして97年11月に大法と出会いました。

 大法と出会う前に、私は性格の強い女で、常に自信と自負を持っていました。なに事においても他人には負けたくなかったです。国営企業に勤めていた時、昇給には必ず私の名前がありました。後にレストランを経営していた時、自分のレストランにお客が一番多いのは自慢でしたのです。しかし、性格の強い私の運命は強くありませんでした。長年来多くの病気を抱えておりました。神経性頭痛や、心臓病、胃炎などなど、すべての病気が薬で維持しなければなりませんでした。91年末また直腸ガンと診断されました。最初に腸炎や下痢と誤診されたため、発見した時すでに末期でした。このように私は運命によって死の淵へと押されてしまいました。死刑判決を下された私はまるで晴天の霹靂を受けたように愕然としました。たった40才の私はこの世を去らなければならないのですか。92年の夏、私は直腸の摘出手術をしました。手術の最中、先生から子宮と卵巣にも腫瘍が発見され、一緒に摘出しないと、早かれ遅かれもう一度手術が必要だと言われました。夫は私の命を助けてもらう一心で直腸、子宮と卵巣の三大手術に同意しました。臨時決定のため、麻酔する時間もなかったので、私は手術の激通で意識を失ってしまいました。何年後偶然に先生から聞かされましたが、手術で子宮を摘出するのは誤診でした。子宮の中は腫瘍ではなく、胎児だったと言います。92年末日本に来て、血液検査したところ、血液の中に肝炎の菌があると言われました、手術した際に感染したのだそうです。強がりの私は次々の打撃によって今までの輝きがすっかり失せてしまいました。その時、初めて人生に関して真剣に考えました。人間はなぜ生きているでしょうか。なぜ人生はそんなに苦しいでしょうか。私のこの四十年は何のために生きていたでしょうか。そのまま死んでいいのでしょうか。そのような心境のもとで、私はもう一度病院の門を叩きました。しかし入院する費用がありませんでした。ちょうどその時、友達から日本で一番大きいガン治療センターを紹介され、また政府が残留孤児を優遇しているおかげで、私は週に一回無料で病院に通うことができました。そのように、来日して数年間、私はどこへも行けずに、病院への道順だけすっかり覚えてしまいました。私は苦痛と共に死を待っていました。

 1997年11月のある日、隣人から「毎日苦しそうですね。法輪功をやってみたら」と勧められ、さらにその人が『法輪佛法大円満法』と法輪功の動作を教えるビデオテープを貸してくれました。その時、私は思いました。「気功なんて勉強して、ほんとに病気を治せるかしら。」そして、半信半疑で本とテープを受け取りました。本を開いた途端に先生の写真を見て、あの慈悲に溢れた笑顔を見て、すごく親近感を覚えました。本を読み終え、私は自分の感激な気持ちを抑えることができませんでした。その後の何日かの間に、私は丁寧にその本を書き写して、テープを見ながら動作も覚えました。その時、私はまだ『転法輪』を読んでいなかったので、法輪大法に対して初歩的な知識さえなかったが、ただ試してみようと言う気持ちでした。不思議なのは法輪功をやれば、気持ちが良くなり、やらないと落ちつかないと感じるようになりました。次第に法輪功は無くてはならない存在になりました。しかし動作はやっていますが、半信半疑の気持ちが依然持っており、苦難に満ちた人生が私にもたらした疑問は全然解決されませんでした。後に隣人が『転法輪』を持ってきました。『転法輪』を読んでから、私はやっと分かりました。人間の目的は返本帰真にあります。本のなかにこのように書いてました。「常人の中のことは、すべて因縁関係があり、生老病死は常人にとって当然のことです。人は、以前に悪事を働いたために生じた業力のせいで病気なったり、難儀に遭ったりします。苦しみを味わうことはほかでもない「業」を返すことです。」「返本帰真することこそ、人間としてのほんとの目的です。」わたしの心の中の疑問が解けられ、健康状態も徐々に回復し、私は新しい命をもう一度得られました。

 本や大法を深く理解していなかったため、法を得て功を練りながらも、薬の服用も続いていました。あの何カ月の間、心の中でずっと葛藤していました。私はあと三、四の命と医者から言われており、先が長くないので、薬を服用しなくて大丈夫でしょうか。それにあの薬はすごく貴いので、飲まないともったいないじゃないでしょうか。先生は『転法輪』にこのように述べました。「ここに坐っている皆さんは大法を学ぶためにいているのですから、真の煉功者としての自覚を持ち、執着心を捨てなければなりません。色々な目的を追求しながら功法を習い、大法を学ぼうとしても。なにも身につけることはできません。」「もしあなたが病気のことばかり考えるその心を捨てられないのなら、われわれは何もしてあげられないし、どうすることもできません。」 先生がおっしゃった理は分かりやすいが、実行するのはなかなか難しいです。ある日、夫が私に言いました。「これは宇宙の法なので、素晴らしいものだと思います。勉強しなさい。勉強するのならば、最後まできちんと勉強しなさい。でなければ、辞めた方がいい。きみはきっと最後までできると信じています。」夫と家族に励まされ、私は意を決して、残りの薬をすべて捨て、そして病気だと言う考えもすべて捨てました。先生がおっしゃった通りです。「心性が高まってくると、身体にも大きな変化が起こります。心性が高まってくると、身体を構成している物質も間違いなく変化が起こります。」98年3月から、私は病院へ行くのを辞めました。私が修煉したいからです。そして私の全身が軽やかになりました。

 法を真剣に勉強していなかったせいで、次元を向上していく過程でたくさんの時間を費やしました。病気の試練に何カ月に時間をかけただけではなく、夢の中にでてきた名利や、色、情の試練もなかなか乗り越えませんでした。自分自身に問いをかけましたが、その答えが見つかりませんでした。内心で苦しんでいる私は一人になったとき、よく自分を責めました。「なぜそんなに頭が悪いの。毎日朝早くから晩遅くまで煉功したのに。なぜ試練を乗り越えられないでしょうか。」試練を避けるため、夜寝るのは恐くなり、そのため、いつも寝不足で、辛い涙もたくさん流しました。時には心の中に叫んでいました「先生、私の脳みそを替えていただけませんか。でなければ、私はほんとに修煉を続けて行けないわ。」ちょうど私が一番落ち込んでいるとき、98年8月シンガポールの交流会で先生にはお目にかかれました。はじめて先生とお目にかかったので、先生と握手をして、万感の思いが飛び交い、何を話したらいいか全く分かりませんでした。ただ「先生、すみません」しか言えませんでした。私は子供が母親の側にもどり、申し訳ないと幸せの気持ちで一杯で、思わず泣きました。先生は私の手を握って、まるで私を前へ、前へと導いているようでした。会議で皆さんの体験談を聞いて、とても励まされ、精進して、返本帰真するのだと決心しました。

vシンガポールの会議を通して、私は自分の問題点を発見しました。次元の突破は心性の修煉によるものであり、心性の向上には法の指導が必要だと認識しました。私は煉ばかり重んじて、修は重視しなかったので、もっと本を読み、法を勉強しなければなりません。日本に戻ってから、私は毎日朝早起きして煉功し、昼間は本を読んだり、書き写したり、暗記したりして、外出したときでも先生の説法テープを聞いていました。私は日に日に変わっていきました。もう試練なんか恐くありません。まさしく先生がおっしゃった通りです。「大法さえ読んでいれば、あなたは変わっていきます。大法さえ読んでいれば、あなたは向上していきます。大法の無限の深意に補助的手段としての煉功を加えれば、あなたを円満成就させることができます。」私は脳みそを替える必要が無くなりました。法の勉強を深めていく内に、私の考えはたえずに改められ、智恵もたえずに増えていきました。私はどのように人生を送っていくべきかをより一層認識しました。

 日本に来たばかりの時、ガン患者と血液に肝炎菌があるため、私は毎月政府から栄養補助金を受けていました。シンガポールから帰国した後、私はそのことについて考えました。いま病気がないので、この補助金はもらうべきではないと思ったが、政府から支給されたもので、自分が欲しいといったものではないからとも思いました。心の中で葛藤している時、先生の言葉を思い出しました。「この宇宙に「失わないものが得られず、得るためには失わなければならぬ」という理があります。」「その心さえ捨て去ることができれば、なにもかも放棄できますので、物質的利益を捨てろと言われれば、当然捨てられます。その心を捨て去ることができなければ、何も捨てられません。修煉の本当の目的はその心を修煉することです。」大法を勉強している私は心性を向上させるため、得るべきではないものは得てはいけないのだと思い、それを辞退することに決めました。人にお願いして、福祉課に電話を入れました。しかし係りの人から「だめです。それは政府が病気のある人に対する福祉政策です。あなたがもらうべきお金です。辞退することができません。なぜ辞退したいのです。」と言われました。家族も反対しました。「煉功して、走火入魔したのじゃないの。煉功して頭がおかしくなったではないか。」しかし私は自分に病気がないし、頭もおかしくないことを分かっております。返本帰真する真の修煉者になるために、私はこの宇宙大法の「真、善、忍」の基準に従って自己を律しなければなりません。言葉が通じないため、私はちょっとイライラしましたが、この補助金を辞退する気持ちが変わりませんでした。私はもう一度人にお願いして、補助金の辞退を試みましたが、やはりだめでした。まるでこのお金を受け取らないといけないみたいです。家族からも言われました「政府もだめって言っているから、もうよしなさい。病気さえなければ、それでいいのよ。」しかし私は先生の言葉を思い出しました。「我々この法門は常人社会を避けて修練しているものではなく、トラブルを避けたり、トラブルから逃げたりもしません。常人のこの複雑な環境の中で、あなたは醒めています。それとはっきり分かりながら利益の面において損を蒙っています。」「はっきり分かっていながら常人としての利益を失うという現実的な利害の前で、心が動じるかどうかのは難しいです。」ですから、家族や政府が何を言おうと、他人から頭がおかしいのだといわれても、気にしない事を心に決めました。私は三度人に頼んで、ようやく98年8月に補助金の辞退をできました。真の修煉者として、私は又一歩を前進しました。

 98年9月スウエーデンの交流会で、もう一度先生とお会いしました。その時の私はとてもさわやかな気持ちでした。斬新な姿で先生とお目にかかれることを嬉しく思いました。

 スウエーデンから戻って間もなく、業を消去する症状が現れました。足が痛くて、立つことも、歩くこともできなくて、トイレに行くのも這って行かなければなりませんでした。半跏趺座さえ三十分しか座れませんでした。ずっと私を応援してくれた子供も見ていられなくて「そんなに辛いなら、もうやめたら。佛を修めてもしょがいでしょ。」と私に言いました。しかしいくら辛くても私は続けていきたいです。私の前半生のあんなに辛くて、人と争ったりして生き抜いてきたが、なんのために生きているかは知りませんでした。いま私はこの宇宙の大法を得て、死んでも後悔しません。そして先生の言葉が脳に浮かべました。「業力を消去するには苦痛を伴いますので、心地よく功が伸びることがありません。」自分の業は自分で返すしかありません。三ヶ月後、業が消去され、結跏趺座も一時間を突破しました。

 同年の12月末、年に一度の健康保険証更新の時期がやってきました。通知をもらって、私は考えもせずに返事をしました。法輪功の修煉によって、いまは心身ともに健康になり、病院へ行く必要が無くなりましたと書いて、健康保険証がもう必要ない理由を説明した上、健康保険証を辞退する手続きも終えました。

 私みたいな人の介護が必要な人間がそんなに元気になったことはだれも想像できなかったでしょう。いまは健康な人と同じように仕事にでることもできました。収入は少ないですが、私の家庭は円満で笑い声は絶えません。それはすべて法輪大法の威力だと思います。私はこの宇宙の大法を大事にし、大法の中で精進に努めていくつもりです。

 心から真、善、忍の大法を私に下さった恩師に感謝いたします。そして私を支えてくれた夫や、子供達、一緒に修煉している皆さんに感謝いたします。