幸いにも法を得て、大法の中に在って精進します
楊
樹森長年のほこりにまみれた俗世の旅に感慨が多く、人生への困惑と事業への失意を抱きながら、四年前のある日、私はこの知っているようで実際には何一つも分かっていない日本にやってきました。人生は児戯の如く、指を弾く一瞬のよう、二十八年が過ぎ去りました。人生に、事業に自信とロマンを持っていた私は失敗の繰り返しの打撃を耐えるしかありませんでした。幼い頃から家に余裕のないことは、自分も分かっていました。自分と家庭の余裕があって、親が権力を持っていて、欲しいもの全部手には入れる同齢者とは違っていました。だからこそ、私は失敗してはいけない、私にとって失敗すれば万事きゅうすです。私は自分の目標に向かってコツコツと努力しなければならないのです。高校を卒業して大学に入れませんでした。親に経済的な負担を掛けないため、私は自分の労働力を売り、金を稼ぎ始めました。建築の仕事から、配管工事、木と石の運搬、何でもやりました。東北の冬の寒さは厳しくて、つるはしで土地を掘ると火花が散ります。だけど私は自分の弱さを人に見せたくない、人に見下されたくない、自分のわずかな自尊心を守るため忍んでいました。三月軍隊に徴兵されました。不安をもって、私は軍隊に入りました。それから、私が求める目標は軍事学校になりました。他人より強くなりたいため、訓練では仲間より汗を流し、褒賞を沢山取り、理論の学習は中隊の中心人物になり、入隊から復員まで優秀な成績で、三年間疲れても、辛くても、一回も歩哨をさぼりませんでした。自分が管理した兵士は皆政治的な標準を満たし、軍事的には強く、中隊の中心人物になっていました。しかし、私が迎えた事実は軍事学校への募集定員の枠に入らなかったことです。これはあり得ない、私はどうしても納得いかない、三年間、訓練の合間に、疲れを我慢し、懐中電灯で勉強し続けた。他人より計り知れない努力をしていたが、何故一つのチャンスさえくれないのだろう?私は現実を受け入れることが出来ない。だけどどうしようもないことです。なぜなら、私の親戚や知り合いは軍隊の偉い人でもないし、権力者でもないですから。私は意気消沈し、軍の指示に従い、復員して家に戻り、仕事をし、親孝行することを決めたのです。
運命に弄ばれた私は全てを捨て、疲れ果てた結果、長い旅の末、人生の第二の駅日本に回されました。私の妻は日本の残留孤児の二世であるため、彼女のおかげで、又、自分の力で金儲け出来るチャンスが来ました。もし、運命がまたしても私をからかったり、希望が水の泡に帰したら、私の精神が本当に潰されるかもしれないと自分で分かっています。私はこの現実的な物質社会に深く溺れ、狂っているほど執着しています。
一九九九年二月一四日の日は、私にとって忘れられないものです。この日は私の人生観、世界観を大きく変えた日です。本当の自分と出会った日でもあります。私は法を得たのです、李洪志先生の“法輪大法”を得たのです。それは一人の学員の要請を受け、横浜市の法輪功の学員が主催した“体験交流会”に参加したことです。それから、私はこの宇宙大法と切れない縁で結ばれました。大法の真理は私を深く魅了し、自分が人生や運命にたいしていくら考えても解けない謎を解いてくれました。人間が存在する本当の意味は“返本帰真”であると分からせてくれました。人間の“生、老、病、死”と災難の全ては人間が生命の流れの中で、悪事を働いたため生じた業力から造り出したものです。借りがあったら、返さなければならない。私は「転法輪」を読み終えたとき、突然に沢山のことが分かったような気がしました。私が以前は個人の名利を重く見ていて、争ったりしたことを深く後悔し、この社会への深い執着に恥ずかしく思います。法の中で人間の一生は決められていることが分かりました。いくら努力しても、自分の運命を変えることが出来ないだけでなく業力を造り出したのです。私はやっと分かったのです。これから大法の中で修煉し、自分の心性を高め、常人の全ての欲望を捨てていくつもりです。なぜなら、“絶えず自分の執着心を取り除くことこそ人間の修煉の全てです。”私はこの大法と出会うのが遅かったことを悔やみました。
法を得たばかりの時、心性の試練がありました。自分の自尊心がとても強く、日本の会社に入った最初の日から、自分の全てを仕事に投げ込みました。なぜなら、私は一人の中国人であり、どこても、中国人の顔に泥を塗ることはしてはいけないし、国家と民族のイメージを傷つけてはいけないのですから。だから日本語が分からない状況で一生懸命仕事をし、出来るだけ残業をする。汗で濡らした作業服は数え切れず、作業服は二日経たずに変えなければならないほどで、顔に着いた汚れを拭く時間もありません。一日中頑張ったのは他でなく、只日本人に良い中国人のイメージを与えたかっただけでした。自分の努力によって、仕事と日本語をハイスピードで高めていきました。三年間で仕事の技術は日本人の五,六年のレベルに達しました。会社に軽視できないほどの貢献をしました。自分も自分の成績に満足したとき、突然会社の一人の先輩が私にある秘密を漏らしたのです。私達のボスは、かげで工場長に“中国人が辞職しないように、彼らを便利に働かせるため、あなたが表面で彼らに優しくして”と言いました。しかし、風を通さない壁はないように、この先輩が酔った後私にこの秘密をいったとき、私は怒りを抑えきれないで、歯を食いしばりました。小さい頃から性質が荒っぽい私が、このような侮辱に耐えられるはずがありません。これは、私だけでなく、私達中国人への侮辱と差別です。入社してから、会社の利益の為だけを考え続けて、三年間、流した汗は自分の背負うことが出来ないほどだと思います。結局このように扱われ、絶対にこのままでは済ませない、私は、復讐しようと思いました。復讐する方法はいくつか考えました。その中の一番痛快な方法は、大いにボスを罵ったら、直ちに辞職する。私達の会社は板金工の職種であり、今の日本の若者はやりたがらない仕事です。会社は厳しい人材不足に直面しています。もし彼らが無防備のときに、私が突然辞職したら、会社に大きなダメージを与えられる。私は実行しようとしたとき、法を得た。かけがえの無い法を得ました。私は常人の全ての欲望と情を捨てなければならない。本当に、心に触れたときが、我慢しなければならないときだと悟ったのです。なぜなら、先生は「精進要旨」の中の“真修”で私達に言いました。“常人の心を捨てられるかどうかは本当の常人を超える重要な関門である。本当に修煉していく弟子は誰でも超えなければならない。これは、修煉者と常人の境界線である。”
私はこの言葉を深く実感しました。その通り“実際には、あなた達が常人の中での名、利、情を傷つけられて、苦悩を感じた、それこそ、常人の執着心を捨てられないときである。あなた達必ず覚えておきなさい。修煉は元々苦しくない、大事なのはあなた達が常人の執着を捨てられないことで、名、利、情を捨てようとするとき、苦しく感じるのである。”私は先生のこの訓示に従って、このことを通して自分の心性を高めていくことを決心しました。私は法を得て間もないので、法に対する理解は深くないため、最初は本当に心の怒りを強く抑えていましたが、仕事と生活の中で思い出すたびに、怒りで顔色も変わったことがあります。しかし毎回強制的に抑制しました。この思想業力は押さえても噴き出してきます。我慢できなくなったとき、先生の言葉を暗唱し、自分で押さえていました。時時心の中で、あなたは私にこのようなことをするでしょ?あなたは徳を沢山持っているだろう?じゃ私に沢山徳をくれ!バカ!徳が貴重なのか、金が大事なのか?アホ!と言って自分を慰めていました。法を得た最初の頃ですから、自分の思想が高い階層に昇華していなかったせいで、このような、良くない方法で、自分の悪い思想を押さえていました。今、法を得て五ヶ月経ちました。今の私なら、想い出して怒る気持ちすらありません。穏やかになっています。先生がおっしゃった“忍は心性を高めていくため重要なことで、怒りや悔しさや涙を呑んで我慢するのは、常人が配慮心を執着する忍である。不平不満や怒りを感じないこそ修煉者の忍である。”
法を得て一ヶ月足らずで業力を消す反応がありました。軍隊で鍛えた為身体が丈夫で普段は熱とか頭痛とか全然ありませんでした。しかし身体に業力を消す反応が現れ、まず上気道感染の症状、そして喉や胃が痛くなって、熱が出て、身体に力が入りません。鼻水は鼻から流れてくるようで、止まらなくなりました。午前だけで一箱のティッシュを全部使い切りました。このような症状は一ヶ月二回も現れ、私はこれが業力を消すときの反応だと分かっていました。我慢して病院に行かず、仕事も休みませんでした。煉功と法の勉強も続いていました。だから毎回気分が悪くなったとき、私は先生の深い慈悲に感動し、涙が流れました。心から先生に感謝し、静かに呟いたのです:“先生、有り難うございます、私なんかを心配してくださって有り難うございます。”朝、公園で煉功を終わって帰って来ると喉がキリキリ痛くて、食べ物を飲み込むのも辛かったのです。妻は私を見て、わざわざ熱々の卵焼きを作ってくれました。しかし私が思うのは、これが業力を消すときの反応であって、先生が私のために業力を消してくださっているのに、私はこんなようにしていいのか?自分の借りは自分で返さなければならない。絶対に、先生に背を向けるようなことはしないと決心しました。だから、妻が見てないとき熱々の卵を冷やしてから食べました。妻は理解できなくて、文句を言いましたが私の決心が固かったため、彼女もしょうがないと思い諦めました。
「転法輪」の中で不二法門の一章は私を大きく揺るがしました。なぜなら、私は四年前に別の気功を学び、とても魅了されました。他人が気功に関することを言い出すと私は得意げに彼らに話していました。自分の胃病がその気功をやったとき、少し良くなりました。表面的には、その気功に益を受けたと感じたのです。ですから、その気功に親しみを感じました。自分もその気功の本や、カセットテープやその先生の写真と信息メダルを持っていました。“法輪大法”が私の生活の中に入ってくると、本の中で述べている不二法門の重要さを見たとき、これについて私は心から完全に受け入れられませんでした。三、四日間、心の中では葛藤があり、最後に李洪志先生が言った真理に説得されたのです。先生は完全に私のためを思って不二法門の重要性を言ってくれたのに、私はその些細な事への執着も捨てられないのか?私は大法の中で精進し、先生の要求に忠実に従っていこうと決心しました。私達は美しい世界から落ちてこの苦難の世の中に来ました。千年かけても人体を得られないのに、今はやっと得て、しかも大法と出会えたのは、本当に、不幸中の幸いです。もし私達は戻りたかったら、執着するほど価値があるものは何もないだろう!ここまで考えたら、私はすぐに、それらの気功の本やテープと信息メダルなど全部捨てました。ゴミ収集車と一緒にどこかに消えました。その間、私は奇妙な発見をしました。元の気功師の信息メダルの中にあった、彼の映像が跡形もなかったのです。ただ二層のガラスしか残っていませんでした。私はとても驚き、そして喜びました。私は“法輪大法”の限りない威力を感じました。先生の威徳があまねく天下を照らす。これを信じない妻は、私に隠れて、自分の父親に電話をかけて尋ねていました。原因は彼の処にも私と同時に得た同じ信息メダルがあるからです。彼の答えは、その気功師の映像は、はっきりとそこに残っているということでした。
言いたいことは沢山あります。心の中のあらゆる思いを皆に伝えたい、この時の激情を表したい。私はとても幸運ですから、今生にこの大法を得て、死んでも悔いはありません。新しい学員として、まだ法を得ていない、或いは、大法の外に迷っていて、本性をまだ失っていない人たちにこの心の声をつたえたい。人間は何故生きているのか、又、人間はどのように生きるべきか。ずっと長い間私の心の中で答えを見つけられませんでした。何度も挑戦し、何度も失敗しました。大法は私を苦悩と困惑の中から解放してくれました。私は高まっていて、固執は一種の執着、執着は一種の固有観念であす。人間はこの一種の固有観念があるため宇宙の真理なるものを信じ、そして探索する勇気が無くなったのです。
私は先生の教えを聞き、大法の貴重さも分かりました。実際に、誰でも私の先生と一緒に戻る決心を止めることは出来ません。どんな力でも、私を途中から引き戻せません。法は広大であり、佛は偉大であり、先生の恩徳があまねく天下を照らすのです。