先生と学習者の皆さん、こんにちは

今日ご報告させていただく体験文のテーマは:

子育てを通して、自分はどのように着実に修煉しているのか、その体験と執着心を放棄するための二つの例に対する感想です。

 私は呉麗麗と申します。97年9月27日にある学習者に教えられて、当時まだ七ケ月の子どもを連れて一家三人上野煉功場に行きました。その時、十数人の学習者が先生の写真を囲んで座り、「転法輪」を読みあげながら、交流していました。この光景を見て、私は感動しました。なぜかと言うと、私は日本に来る一ヶ月前の95年4月に主人の影響で大法を得ていたからです。しかし、法を得たばかりの私はまだ深く悟れず、本を飛ばし飛ばしに一回しか本を読んでいなかったからです、しかも章を飛ばしながら読んでいました。ですから、この本の大切さも理解しておらず、これが人を高い次元に導き、「返本帰真」に達することを目指す宇宙大法であることも分からなかったのです。いつも一人で煉功してはいますが、本当の意味での着実な修煉にいたらなかったのです。私の脳裏には大法に関することは何もなく、普段の生活のなかでは普通の人でした。しかし、上野で修煉している学習者たちはみんな大法にしたがって自分の修煉体験を語っています。この時私は突然分かりました。「転法輪」は先生から教わった宇宙の特性である「真・善・忍」に従いながら修煉する宇宙の大法であり、私がこの世に来た本当の目的は返本帰真であるということです。学習者たちの精進に修煉に取り込んでいる姿を見て本当の修煉とは何かが分かり、本当の修煉に向けて踏み切りました。法を得てから本当の修煉に邁進するまで、何と2年半もかかりました。この時天目で回転している法輪を見、煉功の時法輪の回転を感じ、「先生はまだ私を見守ってくれているが、ちょっとしたことで、落ちてしまいそうだ。」と思って、こつこつ修煉に精進しようと決意しました。

 その時子どもはまだ小さく、寝る時間が長かったので、普段から家事の時間とやり方を調整し、子どもが寝ている間に、本を読んだり、煉功したりしました。子どもを連れて散歩する時には、何度も繰り返し「論語」と経文を暗記しました。週末には、子供をつれて煉功場に行きました。学習者たちがかわりに彼の世話をしてくれたので、私はみなさんと一緒に勉強、煉功することができました。彼らの他の人への思いやりにいつも私は感動させられます。

 97年12月末ごろ、北京で法輪功国際交流会が行われ、私は既に十ケ月になった子どもと学習者たちと一緒に交流会に参加しました。北京の冬はただならぬ寒さだったのに、子どもは厚手の服を用意していませんでした。交流会の二日目、子どもは急に下痢をし食べたものをもどし始めました。元々丸まるとした子どもの顔も急に細くなり、目も大きくなって、肋骨も一本一本数えるほど見えてきました。これは子どもが産まれてから始めての反応であり、しかもこんなに急に激しくやってきたので、私は少し不安に思いました。この時、煉功場の責任者は「これはあなたのために設けられた関門だよ」と言ってくれました。思わず子どもが下痢する時の情景が浮かんできました。中国にいた時私は小児科に十年以上看護婦を勤めていました。常人のやりかたで、この緊急事態にどのように対処すればいいのか私はよく分かっています。しかし私は今法輪大法の修煉者ですので、先生の言われた通りにすべきと思います。子どもの体から排泄された汚いもの、黒いものは業力にほかなりません。先生は業力は転化するのだとおっしゃっています。なるほど、黒いものが出れば出るほど白い物質への転化も多くなるのではないでしょうか。そう思うとわたしは楽になりました。交流会の期間中、子どもが下痢しては、私はすぐ会場を出て行きましたが、心の中では何も不安がありませんでした。しかし、私はこれで本当にこの関門を乗り越えたのでしょうか。交流会の後、子どもを連れて帰省しました。子供の下痢の症状は段々軽くなり、食欲もでてきました。しかし今度は鼻水と咳が出てしまい、夜中に熱が出たりしました。ある夜、夢の中私は体温計を探していましたが、見つけたのは先端部の水銀が破損した体温計でした。と、そのとき、目が覚めました。これは先生が、大丈夫だ心配しなくていいよと、私にヒントを与えてくれたと気づきました。二日後、熱が下がりましたが、鼻水と咳につづき、喘息の症状が現れました。子どもの辛い表情を見て、家族の人が薬を飲ませるよう勧めてくれましたが、私はやんわりと断りました。本当の修煉者のそばに先生の法身はいつも見守っているから、生命の危険はないと信じています。業を滅しているから、辛いのも当然です。夜、子どもが寝てから、私は彼のそばで足を組んで「転法輪」を読みましたが、いつのまにか疲れて眠ってしまいました。夜中起きるからと思ってその夜は電気を消しませんでした。しかし夜中に目覚めたとき、目の前は真っ暗でした。家族の人が電気を消したのか、それとも壊れたのか知りませんでしたが、子どものリズミカルな呼吸が聞こえたので、「大丈夫、安心して寝よう」と思いました。次の日電球を見たら、切れていたのです。その瞬間、私にはなにもかも分かりました。

 中国にいる一ヶ月の間、子どもは業を滅することで大変でしたが、日本に帰る二三日前になって、突然何もなかったかのように元気になりました。

 一才三ヶ月の時、また大きな業を滅する反応が起きました。一週間熱を出しつづけ、そのうちの四日間は高熱でした。低い時でも38点5分で、高い時は39点7分でした。今まで何回も経験してきたから、今回も落ち着いて看病し、しかも先生の本を読んで聞かせ、先生の録音テープを聞かせました。しかし、主人にとって、子どもが業を滅することでこんな辛い目に会っているのを初めて見たので、少し不安でした。先生は修煉者にとって偶然がありませんとおっしゃっています。今回も私たちにとっては、子どもへの情という関門を乗り越える機会、病気への認識と大法に対する信念を点検する機会ではないでしょうか。そのまま一週間立ちました。すべて無事でした。

 子どもの一連のことを通して、私は本当の意味での修煉を始め、大法への信念を強めました。私はこの子に感謝し、この子が私の修練を助けに来たのだと分かっています。

 2才までは、夜中に子供の世話をするのは結構辛かったのです。しかし、子供はどういうわけか朝五時になると必ず泣き出します。最初はどうしてなのか分からなかったので、お腹が空いたためかと思いました。でもまもなくそうではないと気づきました。なぜなら私が起きたらすぐ泣くのをやめ、横になったらまた泣き出すからです。これは「起きて煉功しなさい」と私に言っているのだと分かりました。それから子供が泣くと、私はすぐ起きて煉功するようになりました。そうすると子供はおとなしくなります。ですから、朝、子供の泣き声を聞くのが楽しみになりました。

 1才になって、子どもを保育園に行かせました。それから不思議なことに、子どもの顔や腕、背中などにいつも歯の跡がついているのに気づきました。他の子にかまれたそうです。これも子供が業を滅する時の反応だと思い込んでいましたが、そのうちどうもそうではないと分かりました。いつも必ず私がなにか心性の関門をうまく乗り越えない時に、子供は噛まれます。間違いなくそうなるのです。先生はシンガポールで「一部の子どもは親の業を肩代わりしている」とおっしゃいましたが、この子も私たちの業を代わりに滅してくれているでしょう。そう思うと、子どもにとても申し訳ない気がしました。

 普段、主人と意見が合わず言い争うと、子どもは急に「争いを福と思っている」と叫びます。すると私は何も言うことがなくなります。子どもでもわれわれの捨てられない執着心が分かます。あなたは修煉者だよといつも注意してくれています。

 まだ子どもがいまよりもっと小さかったころ、煉功を教える先生のビデオテープを見るとき、音楽が流れてくると、子供はすぐ向きを変えて法輪を見つめます。誰かに視線を邪魔されると、すぐどかせるしぐさをします。この子は法輪がとても好きのようです。彼はしょちゅう「転法輪」の先生の肖像が載っているページを開いては「先生、先生」と言います。それからよく「仏家、結印、人を済度する、座禅」等の単語を口にします。「座禅」といいながら、よく足を上に上げたりします。合掌の動作もとても好きです。こうしてみるとこの子も子供ながら修煉者だと思います。2才になろうとした頃、子供はまた熱を出して鼻水は出るようなりました。その日の夜、夕飯の時子供は突然「業を滅する」と言い出し、私はちょっとびっくりしました。これは子供が始めてこの言葉を口にしたのです。そして「今業を滅しているのね」と子供に言ったら、子供はうなずいてくれました。夜「この子だんだん修煉者になってきたみたい。業を滅することも分かっているよ」と主人に言いました。今私はいつも子どもと一緒に「着実に修煉」という詞を暗唱しています。私は「法を学ぶ」を言うと、彼は「法を得る」と答え、「他人と比べながら学ぶ」をいうと、「他人と比べながら修煉する」、「すべてのこと」を言うと、「言う通りに実行する」と答えます。

 去年年末の大掃除の時、区役所から送られてきた児童免疫予防注射通知書を全部捨てました。修煉者に病気がないから、もちろん予防注射も必要はありません。子育てをしていていつも「われわれ法を得た人は本当に幸せだ」と思います。先生の法理がなければ、われわれを守ってくれる先生の法身がいなければ、病気に罹った子どもを見ると母親として、焦らずにいられません。われわれが修煉者だこそ、子育ての時に心理状態が穏やかで落ち着いていられるのです。一人が法を得れば、家族全員が幸せになり、子どもも注射や薬などの苦痛から免れることができました。如何に子どもを育てるかも私の修煉の一部だと私は認識しています。

 私はいつも子どもに先生の録音テープを聞かせ、本を読んで聞かせます。子どもが1才8ヶ月の時から毎晩お休みの前に、わたしは子供に「法を学ぼう」と言い、法を読んで聞かせています。彼はいつも真剣に聞いています。時々私は欠伸をしたら、彼は「法を学ぼう」と如何にも厳しい表情で言い、目を覚ましてくれます。こうして、毎日1ページか5ページぐらい聞かせており、現在転法輪をもう二回目の第5章まで読んでいます。

 更に嬉しいことに、我が家の近所も煉功場ができました。煉功の時間は毎朝六時半から七時半までとなっています。子どものため、いつも主人一人で行って、私は家に残らければなりませんでした。最近煉功場に人が増えてきましたので、私は子どもと相談して、時々私も煉功場にいけるようになりました。わずか一時間ですが、まだ2才4ヶ月の子どもにとって、母親に協力できるのはたいしたものだと思います。

 以上は法を得て四年あまり、とくに二年間着実に修煉する間に、子育てという角度から大法への信念を如何に固めたかに関するちょっとした感想でした。先生は「環境」という文の中で、「修煉の中取り除くべくどの執着心も一つの壁であり、あなたの修煉の道を妨げています。法そのものに堅い信念を持っていないと修煉はできないものです」と書いておられます。修煉当初の出来事は法への信念に対する試練でしたが、それに続いてやってきたのはいろいろな執着心を取り除くための試練です。しかも執着心が強ければ、試練も多いと感じています。まさに先生は「根を掘り出す」という文の中でおっしゃったように、「私は形にとらわれず、いろいろな形であなたたちのなかに深く隠れている執着心を晒し、取り除くようにします」。次は自分の仕事関係で遭遇した心性への試練について二つの例を通してお話したいと思います。

 今までアルバイトを探す時にいつも友達の紹介でしたので、面接などはいとも簡単でした。しかし去年の夏、友達に頼まず、自分で電話をかけて探してみました。わたしは先生のおっしゃった「自分のものなら、無くなることはないし、自分のものでなければ無理に争ってもえられません」という言葉を一見して覚えているようですが、アルバイトを探す時になると仕事内容が自分に合うかどうかを考えるよりも、時給ばかり気にしていました。時給900円以上の仕事しか目に入らなくて、しかもそれにabcとランクをつけました。そうして選んでから一刻も争うように電話をかけまくりました。一日、二日、一週間も立ちましたが見つかりませんでした。その時になってはじめて、自分が電話した時かなりあせった口調をしていたところから見ても、自分に強烈な執着心があったことに気づきました。ほかの人に取られないようにという心理状態で電話しました。修煉して一年以上も立ちましたのに、自分はほかの人に取られることばかり気にするようなエゴイストでした。900円以下の仕事を嫌がるようにお金に強く執着していました。このことに気づいてから、私は電話するのをやめました。先生はアメリカでこうおっしゃいました。「修煉者にとってお金は最大な障害である」。私は修煉者ですので、この障害を乗り越えなければなりません。

 一ヶ月後、あるコンビニを通りかかって、アルバイト募集時給850円と書いてあるのが目に入りました。店に入って聞いてみたら、店長はすぐ採用してくれました。まさに先生がおっしゃった通り、「われわれは執着心の取り除くことを要求しますが、修煉は物質的利益において本当に何かを失わせるものではありません。こうしてこそはじめて、世間で修煉できるのです」。では、私は本当にお金に対する執着心を完全に放棄したと言えるでしょうか。アルバイトを始めて翌月給料日に、給与明細に面接の時の時給の850円ではなく、800円となっています。それに出勤日も実際の日にちより一日少なく計算されているので、9000円以上も違っています。夜になっていろいろ考えました、店長に説明して、この9000円を取り戻すべきかどうか。先生は「修煉者にとって偶然はありません」とおっしゃいましたが、目の前のことも私への試練でしょうか。また試練を受けそうな予感をしました。次の日、店長に会った時、お金を取り戻したい心がやはり出てきました。「時給が間違っている。出勤日も間違っている。明らかに店長の計算間違いで、別にわたしが人をだましているわけでもないから、なぜ店長に事情を説明してはいけないのか」とその心がいう。その心に左右されて、私はついに店長に言いました。店長はすぐ「ありえない、あなたの記憶間違いだ。」と言いました。店長のあっけない言葉に私は驚きました。「私は本当のことを言っています。うそじゃない」としつこく反論しました。後で店長はコンピューターで調べてミスに気づき、来月の給料と一緒に払うと約束しました。しかし次ぎの給料日も払ってくれませんでした。明細を見て「なんで払ってくれないの」と心の中でぶつぶつ言いました。すると、その場に居合わせた店長の奥さんにそれを言ってしまいました。次の日に差額は払ってもらえましたが、そのお金を持って満足げに自転車で家に帰る途中危うく道路側のフェンスにぶつかりそうになりました。その瞬間、脳裏に「お金のことばかり考えていたせいだ」という一念が出ました。私は自分に聞きました、私は修煉者ですか、と。この9000円は常人の考えでは自分の勤労所得ですからどうしても取り戻すべきものです。しかしわたしは修煉者として自分のこの放棄できない執着心を律することができませんでした。修煉者にとってお金というもっとも厚い壁を乗り越えようともしなかったのです。私は本当に失ったのはこの9000円で換えられない心性を高めるチャンスです。修煉の時間は限られており、円満成就にも基準があるものです。もし私は常に法のそれぞれの次元の要求で自分を律することができなければ、修煉が終了する日になって、円満成就にあとこの9000円分の心性が足りなかったらどうしますか。この時私は修煉が本当に厳粛なことであることを強く感じました。常人という生活環境の中で初めて心性を確実に向上させることができます。

 もう一つの職場では、私は毎日掃除したり、電話に出たり、手紙を送ったり受け取ったり、お客さんに対応したりしています。自分の仕事をするだけで、特にトラブルはありませんでした。突然ある日、ある女性職員は私のたらいの置き場所がよくないと文句を言い、彼女の言う通りに置きなさいと私に言いました。「タオルを洗うのは私の仕事で、あなたがたらいを使うわけでもないのに。自分の仕事をすればいいのに、本当にうるさい」とその時思いました。心の中で相当抵抗がありましたので、「いいよ、どうおいてもいいよ」と答えましたが、使い終わったたらいは今まで通りにおきました。彼女は嫌な表情をしていました。家に帰る途中、トラブルに遭ったら内に向かって探さなければ行けないという先生の言葉を思い出し、自分の間違っているところを探さないと、心性を高めることはできない、きっと私のどこかで間違っているのだと思いました。翌日、私はタオルを洗っていたら、彼女はまた自分の言う通りにおいてほしいと言いに来ました。私は急にうるさいと思って、「いいよ、私が使う時は私の好きなように置きますが、私が使い終わったらあなたの言うとおりにすればいいでしょう」と言いました。もちろん彼女は相変わらず嫌な顔をしていました。夜になって、このトラブルがまだ解決されていない、どうして一歩譲って上げられないのかと考えました。しかし依然自分の間違いに気づいていませんでした。その次の日、彼女はオフィスに入って、たらいを見るなり、ほかの人がいるにもかかわらず、怒り出しました。「呉さん、そうしないでって言ったのに、なんでまたそうしたの?」、と。実はそのとき私もオフィスに入ったばかりで、まだたらいを使っていなかったのです。私が着く前に誰か他の人がそこに置いたのです。私は「すみません、私も来たばかりです」と穏やかに彼女に言いました。彼女はきまり悪そうに自分の席に戻りました。なぜ三日連続で彼女はたらいのことでそんなに怒ったのですか。これは自分がずっと意識していなかった尊大な意識を放棄させるためのものだとその時急に悟りました。確かに、もし私は「自我」という観念を捨てられなければ、無私無我の境地に到達できないに違いありません。そう思ったとき自分の顔の表情が一気にリラックスになり、他人を責めたり、他人の欠点を許せない気持ちが消えました。すると彼女に感謝する気持ちも現れました。彼女は確かに私にたらいの正しい置き場所を教えてくれました。それは修練に精進して、常人の観念を一切放棄し、自分をもっと高い理の基準に置くようにということです。

 最後に、皆さんと一緒に先生の「得法」という詩を勉強して、私の発表を終わらせていただきます。

     得 法

 真に大法を修め,

 唯(ただ)此(これ)が大である。

 大法に同化すれば,

 他年(いつか)必ず成しとげられる。